共働き女性、なぜ「生理の不調」を隠すのか？
「共働き女性はなぜ「生理の不調」を隠すのか？」──この問い、あなた自身の胸に手を当てて考えてみてほしい。
仕事も家事も育児も、完璧にこなそうと奮闘する私たち共働き女性。生理の不調なんて、口が裂けても言えない。弱音を吐けば「仕事に支障が出る」「夫に負担がかかる」と、無意識のうちに自分を追い詰めていないだろうか。
これは単なる体調管理の話じゃない。私たちを取り巻く「夫婦関係」や「キャリア」の中に、ずっと見過ごされてきた「見えない壁」が横たわっている証拠だ。
でも、もうその壁を放置する時代は終わり。今、フェムテックという言葉が、この長年のタブーに風穴を開けようとしている。私たちの働き方、生き方を根本から見直すチャンスが、ついに来たんだ。
「言えない」が積み重なる、共働きの日常
私たち共働き女性にとって、毎日の生活はまるで綱渡りだ。朝は子供を送り出し、満員電車に揺られて会社へ。デスクワークをこなしながらも、頭の片隅には夕食の献立や保育園のお迎え時間がある。仕事が終われば、急いで帰宅し、休む間もなく夕食作り、お風呂、寝かしつけ。へとへとになってやっと布団に入っても、明日のタスクが頭の中を駆け巡る。
そんな怒涛の日々の中で、自分の体調なんて二の次、三の次になりがちだ。「疲れた」「しんどい」と口にするだけでも罪悪感を覚えるのに、ましてや生理の不調なんて、誰に言えるだろうか。特に、パートナーである夫には、なかなか言い出せない。彼も毎日頑張っているのは知っているから、これ以上負担をかけたくない。弱音を吐けば「仕事に支障が出る」と思われたらどうしよう。そんな不安が、私たちの口を固く閉ざしてしまう。
でも、その「言えない」が積み重なった先に何が待っているのか、私たちはもっと真剣に考えるべきだ。
「私だけが我慢すれば」が招いた亀裂
先日、取材で出会った田中恵美さん（仮名）の話は、まさにその「見えない壁」の存在を浮き彫りにするものだった。彼女は都内で働く30代後半の共働き女性で、小学1年生の息子さんがいる。夫も同じくらい忙しく、家事や育児は「できる方がやる」というスタンスだった。表面上は、とても理解のある、理想的な共働き夫婦に見えた。
しかし、恵美さんの心の中には、ずっと拭いきれないモヤモヤがあったという。それは、彼女が悩まされていた重い生理痛とPMS（月経前症候群）だ。毎月、生理が始まる数日前から、イライラが止まらない。些細なことで夫や息子に当たってしまう自分に嫌気がさし、自己嫌悪に陥る。生理が始まれば、下腹部の激痛と吐き気で、立っているのも辛い日もある。
それでも恵美さんは、夫にその辛さをほとんど打ち明けてこなかった。「夫も忙しいし、疲れてる。これ以上、私のことで心配かけたくない」。そう思っていたからだ。彼女の頭の中には、「生理は女性なら誰でもあること」「我慢するのが当然」という、旧態依然とした価値観が根強く残っていた。それに、「生理の辛さなんて、男性には理解できないだろう」という諦めもあった。
例えば、生理痛がピークの日に、夫が「今日、俺が夕食作ろうか？」と声をかけてくれたことがあった。しかし恵美さんは、「大丈夫、私がやるよ。疲れてるでしょ？」と、つい強がってしまった。「私がやらないと、夫が申し訳なく思うだろう」とか、「いつも私がやってるんだから、このくらいは」という、変なプライドもあったのかもしれない。
結果、彼女は痛みと吐き気に耐えながら夕食を作り、洗濯物を畳み、息子をお風呂に入れた。その間、夫はリビングでテレビを見ていた。恵美さんとしては、夫が気づいてくれないことへの不満と、自分で「大丈夫」と言ってしまったことへの後悔が入り混じっていた。一方で夫は、恵美さんが「大丈夫」と言ったのだから、本当に大丈夫だと思っていたし、「気遣いが足りなかったかな」という罪悪感を感じていたという。
そんなすれ違いが、何度も繰り返された。恵美さんの心には「どうして私ばかり」という不満が募り、笑顔が減っていった。夫は夫で、「最近、恵美が不機嫌だ。俺が何かしたのか？」と、原因が分からずに困惑していた。二人の間に、目に見えない壁がどんどん厚くなっていったのだ。
ある夜、些細なことで大喧嘩になった。恵美さんが、生理前のイライラで夫の言葉尻にカチンときて、感情的に言い返してしまったのだ。夫は、「最近ずっとそうだけど、どうしたんだ？何か不満があるなら言ってくれよ！」と声を荒げた。その瞬間、恵美さんは涙ながらに「だって、私が生理で辛いって言っても、どうせ分からないでしょ！私が全部我慢してるのに！」と、堰を切ったように本音をぶちまけた。
夫は、その言葉に絶句したという。「生理がそんなに辛かったのか。どうして言ってくれなかったんだ…」と。その時、恵美さんは「言っても無駄だと思ったから」と答えたそうだ。この喧嘩で、初めて二人の間で「生理」という言葉が真正面から交わされた。しかし、時すでに遅し。長年積み重なった「言えない」と「気づけない」が、夫婦関係に深い溝を作ってしまっていた。恵美さんは、この一件以来、夫に体調のことを話すことに、以前にも増して抵抗を感じるようになってしまったという。
「見えない壁」の正体と、その代償
恵美さんのエピソードは、決して特別な話ではない。多くの共働き家庭で、似たような「見えない壁」が存在しているはずだ。この壁の正体は、女性側の「言っても無駄」「理解されない」という諦めと、男性側の「知る機会がない」「想像力不足」という無自覚の組み合わせだ。そして、その背景には「生理は隠すべきもの」「女性特有の悩みは表に出すべきではない」という、社会全体の根強い偏見がある。
この「見えない壁」は、私たち共働き女性の心身の健康を蝕むだけでなく、夫婦間の信頼関係を揺るがし、キャリア形成にも大きな影響を与える。体調不良を隠して無理を続ければ、仕事のパフォーマンスは確実に落ちるし、長期的に見れば、女性特有の病気の早期発見が遅れるリスクさえある。
表面上は「平等なパートナーシップ」を築いているように見えても、内側では女性だけが不調を抱え込み、不均衡な負担を背負っている。この現状を放置することは、共働き家庭全体の幸福度を下げることに他ならない。
しかし、もう私たちは「仕方ない」と諦める必要はない。今、フェムテックという新たな光が、この厚い「見えない壁」に風穴を開けようとしている。私たちの働き方、生き方を根本から見直す、まさにその時が来たのだ。
フェムテックが照らす「見えない壁」の先
田中恵美さんのエピソードは、私たち共働き女性がいかに多くの「言えない」を抱え、それが夫婦関係やキャリアに影を落としているかを痛感させるものだった。でも、もう私たちは、その「見えない壁」に囚われ続ける必要はない。今、フェムテックという新しい光が、その壁の向こう側を照らし始めている。
フェムテックは、女性の健康課題をテクノロジーで解決しようというムーブメントだ。生理周期トラッキングアプリ、月経カップ、生理の痛みを和らげるデバイス、オンラインの婦人科相談サービスなど、その種類は多岐にわたる。これらは単なる便利なツールではない。私たちがこれまで「個人的な悩み」として蓋をしてきた生理の不調を、データとして可視化し、客観的な情報として共有することを可能にする。
恵美さんのようなケースで言えば、アプリで記録された生理痛の度合いやPMSの症状を夫と共有することで、「言っても分からないだろう」という諦めを乗り越えることができるかもしれない。データは感情的な言葉よりも雄弁に、私たちの身体が抱える負荷を伝えてくれる。夫もまた、具体的な数値やグラフを見ることで、妻の苦しみをよりリアルに「理解する」きっかけを得られるはずだ。それは、男性にとっての「知る機会」であり、無自覚な「想像力不足」を補う大きな一歩となる。
フェムテックは、私たち女性が自分自身の身体と向き合い、適切なケアを選択するための強力な味方だ。そして、それは同時に、パートナーとのコミュニケーションを円滑にし、夫婦間の「見えない壁」を壊すための共通言語にもなりうる。
「生理は個人の問題」という幻想を捨てよう
これまでの社会では、「生理の不調」は女性個人の問題として扱われがちだった。まるで、女性だけが密かに耐え忍ぶべき「試練」であるかのように。しかし、共働き家庭において、妻の不調は夫の協力なしには乗り越えられない。体調が優れない妻が無理をすれば、家庭全体のパフォーマンスが落ち、夫の負担も増える。結果的に、夫婦関係にも亀裂が生じ、共働きとしてのキャリアにも影響が出る。つまり、「生理の不調」は、もはや「個人の問題」ではなく、「夫婦・家庭・社会全体の問題」なのだ。
この認識こそが、私たちが「見えない壁」を打ち破るための、最もシンプルで、最も力強いメッセージだ。
だから、私たちはまず、声を上げるべきだ。
「辛い」と、具体的に言葉にすること。
「助けてほしい」と、素直に伝えること。
そして、その声を、パートナーに届け、真剣に耳を傾けてもらうこと。
フェムテックは、そのための「最初の一歩」を後押ししてくれるツールだ。アプリの共有機能を使ってもいいし、デバイスで得られた情報を元に話し合ってもいい。大切なのは、これまでタブー視されてきた「生理」というテーマを、夫婦間のオープンな会話の俎上に載せることだ。
共働き家庭の未来を、私たちが変える
私たちは、もう「我慢の時代」を生きているわけじゃない。
私たち共働き女性は、仕事も家庭も、自分らしく輝きたいと願っている。そのためには、自分の身体を大切にし、パートナーと対等な立場で、お互いの状況を理解し合い、支え合う関係を築くことが不可欠だ。
フェムテックは、そのための強力な手段であり、新しい時代の共働き像を築くための羅針盤となる。生理の不調を可視化し、夫婦で共有することで、これまで見過ごされてきた「見えない壁」の正体を暴き、それを打ち破る。そうすることで、私たちはもっと自分らしく、もっとパワフルに、仕事も家庭も充実させられるはずだ。
「生理の不調」を隠すのは、もうやめよう。
それを「夫婦の問題」として捉え、フェムテックという新しい武器を手に、共に未来を切り開く時が来たのだ。
これからの共働き家庭は、私たち自身の手で、もっと強く、もっとしなやかに進化できる。
コメント