共働き夫婦のリアル:なぜ疲弊するのか?
共働きが当たり前になった現代。夫婦で稼ぐから経済的には豊かになるはず、なのに心は貧しくなっていくばかり。一体なぜでしょう? 毎日へとへとで、もう限界!と感じている人も少なくないはず。その原因は、目に見える家事の分担だけじゃないって、薄々気づいていませんか?
目に見えない重荷「心理的家事」の正体
家事といえば、料理、洗濯、掃除。これらは目に見えるから分担しやすいし、手伝おうという意識も芽生えやすい。でも、それだけが家事のすべてじゃないんです。食料のストック管理、献立の考案、子どもの習い事のスケジュール調整、予防接種の手配、トイレットペーパーの残量チェック……。これら「誰かがやらなきゃいけないけれど、誰も気づかない」タスクこそが、実は妻たちの心を蝕む真犯人。そう、それが「心理的家事」なんです。
夫はなぜこれに気づかないのか? そして、この見えない重荷が、どれほど夫婦関係をギクシャクさせ、最悪の事態を引き起こすのか。この記事では、そんな共働き家庭の闇に切り込んでいきます。
「気づかない」が引き起こす亀裂:具体的なエピソード
毎日顔を合わせているのに、お互いの心がどんどん離れていく。そんな共働き夫婦のリアルな悲劇は、決して特別なことじゃない。それは、ほんの些細な「気づかなさ」が、時間をかけてじわじわと夫婦関係を蝕んでいくからなんです。
共働き妻の限界を突破する日々の「見えない」タスク
私が取材した共働き夫婦、高橋裕太さん(仮名)と高橋彩さん(仮名)のケースは、まさに典型的な例でした。二人とも都内でフルタイム勤務、小学1年生のお子さんが一人。裕太さんも家事には協力的「なつもり」でした。ゴミ出しはするし、言えば食器も洗う。休日には子どもと公園に行くこともあります。しかし、彩さんが感じていた疲弊は、日に日に募るばかりだったのです。
彩さんがこなしていた「見えない」タスクは、本当に多岐にわたります。例えば、子どもの保育園時代の名残で、週末のうちに翌週の持ち物を把握し、体操服や給食袋を洗い、足りないものがあればリストアップ。そのリストを裕太さんに渡しても、「買い物行くときに買うよ」とは言うものの、その存在自体を翌日には忘れていることがほとんど。結局、彩さんが仕事帰りにドラッグストアに寄って、バタバタと買い揃えるのです。
食料品のストック管理もそうです。冷蔵庫の中身を把握し、調味料や乾物の残量を確認。「これとこれで、あと2回分の夕食は作れるかな」「あ、牛乳がもうない」と常に頭の中でシミュリング。献立の考案も、子どもの好き嫌いやアレルギー、夫の好み、栄養バランス、そして何より「時短」を考慮して毎日ひねり出す。これ、毎日やっていると本当に脳のCPUをめちゃくちゃ使いますよね。
さらに、子どもの習い事のスケジュール管理と送迎、月謝の支払い、発表会の準備。予防接種の時期が来たら、病院の予約を取り、必要な問診票を記入し、母子手帳を用意する。季節ごとのイベント(クリスマス、誕生日、七五三)の計画、プレゼントの選定、実家への連絡。郵便物のチェックと必要な手続き。家族全員の健康管理と、誰かが体調を崩した時の病院の手配や看病シフトの調整……。
これら一つ一つは小さなタスクかもしれません。しかし、これらは全て「誰かがやらないと家庭が回らない」こと。そして、その「誰か」は常に彩さんだったのです。裕太さんに「これ、やってくれる?」とお願いすればやってくれることもありますが、彩さんからしてみれば「どうして言われないと気づかないんだろう」という不満が、心の奥底に沈殿していくばかりでした。
「やってるつもり」と「見えてない」のすれ違い
裕太さんも、決して家庭を顧みないタイプではありませんでした。むしろ「俺は家事も育児も手伝っている方だ」という自負さえあったかもしれません。言われればゴミ出しもする。風呂掃除もする。休日に子どもを連れて遊びに行くこともある。しかし、彼の行動は常に「言われたからやる」「目に見えるからやる」に限定されていたのです。
例えば、裕太さんはゴミを捨てに行きます。でも、その際に新しいゴミ袋の残量が少ないことに気づくことはありません。新しいゴミ袋をセットするのも、ストックがないなら買い足すのも、常に彩さんの役割。言われれば「あ、そういえば少なかったな」とは言うものの、その一言で片付けられてしまうことに、彩さんは深い徒労感を覚えていました。
買い物をお願いしても、彩さんが事前に「冷蔵庫に何がなくて、何を買うべきか」をリストアップしない限り、裕太さんが自ら考えて買うことはありません。もちろん、買うべきものを伝えてしまえば、そのタスクは一時的に裕太さんに移ります。しかし、その「リストアップする」という行為自体が、すでに心理的家事の一部なんです。彩さんは「言えばやってくれるならまだマシ」と自分を納得させようとしましたが、その「言わないとできない」という現実が、彼女の心を少しずつ蝕んでいきました。
彩さんが「なんで気づかないの?」と問いかけると、裕太さんは決まって「何が? 俺、ゴミ捨てたし、ご飯も昨日作ったじゃん」と反論します。裕太さんからすれば、目に見える家事をこなしているのに、なぜ妻が不機嫌なのか理解できない。一方で彩さんからすれば、自分の心労は目に見えない「名もなきタスク」に起因するものであり、夫の「やっているつもり」は、その本質からかけ離れているように感じられてしまう。このすれ違いが、夫婦間の深い溝へと発展していくのです。
積もり積もった疲弊が夫婦関係を蝕む
小さな不満や「なんで私ばっかり」という思いは、決して一度で爆発するものではありません。それは、日々の生活の中で静かに、しかし確実に積もり積もっていく。彩さんの心には、いつしか裕太さんへの感謝よりも、苛立ちや諦めが優位を占めるようになりました。「どうせ言っても無駄」「私一人でやった方が早いし、精神衛生上も良い」という思考回路に陥ってしまうのです。
そうなると、夫婦の会話は業務連絡ばかりになります。子どものこと、明日の予定、お金のこと。かつてあったような、たわいもない雑談や、お互いの仕事の愚痴を言い合って慰め合うような温かい交流は、めっきり減ってしまいました。彩さんは裕太さんに対して、期待することさえ放棄し始めていたのです。
裕太さんから見れば、彩さんはいつも疲れていて不機嫌。自分だって仕事で疲れているのに、なぜそんなに文句ばかり言うのかと反発心が生まれる。お互いの「見えない」部分への想像力が欠如した結果、夫婦の間には目に見えない壁が築かれ、心がすれ違うようになりました。
同じベッドで寝ていても、二人の心は遠く離れている。昔のような笑顔や、楽しかった記憶を共有する時間もほとんどなくなり、高橋家はまるで「共同生活を送るただのルームシェア相手」のような状態に陥っていきました。具体的な衝突がなくても、愛情という名の糸が一本一本ほつれていき、家庭は音を立てずに冷え込んでいく。まさに、離婚という形を取らずとも、精神的な「家庭崩壊寸前」だったのです。
心理的家事を乗り越え、共働き夫婦が再び手を取り合うために
高橋夫婦の例は、決して特別な話ではありません。多くの共働き家庭で、同様の「見えない亀裂」が静かに進行しているはず。なぜ夫は気づかないのか? そして、この状況からどうすれば抜け出せるのか? 最終的に、家庭崩壊寸前の状態を乗り越え、再び夫婦として手を取り合うための道を考えていきましょう。
無関心という名の暴力から脱却するために
夫が妻の抱える心理的家事に「気づかない」のは、多くの場合、悪意からではありません。ただ単に「見えていない」だけ。しかし、この「見えていない」が放置されると、結果的には妻の心に深い傷を残し、夫婦関係を破壊する「無関心」という名の暴力になり得ます。
夫側は、「言われないとわからない」「得意じゃないから」と言い訳をするかもしれません。しかし、それはもはや通用しないんです。子どもが発熱した時に誰が病院に連れて行くか、次のゴミの日はいつか、トイレットペーパーのストックは十分か――これらは、家庭を運営する上で絶対に欠かせないタスク。これらを「自分には関係ない」と無意識のうちに切り離してしまっているとしたら、それはもうパートナーシップではありません。
妻側も、いつまでも夫が「気づく」のを待っていてはいけません。期待しては裏切られ、期待するのをやめて諦める。このループこそが、夫婦の心の距離を決定的に広げてしまうんです。「どうせ言っても無駄」という諦めは、夫にとっても一番恐ろしいサイン。それは、妻があなたへの信頼を完全に失い、心のシャッターを下ろした証拠だからです。
共働き夫婦が幸せを掴むための唯一の道
では、どうすればこの「見えない重荷」を共有し、夫婦関係を再構築できるのでしょうか。多くのアイデアを羅列しても混乱するだけなので、最もシンプルで、しかし最も強力なメッセージを伝えます。
それは、「家庭運営におけるあらゆるタスクを『言語化』し、『可視化』し、『共有』する」こと。そして、その上で「お互いの想像力を最大限に働かせる」ことです。
「料理」という言葉の裏に隠された「献立考案」「食材の買い出し」「在庫管理」といった無数のタスク。それらを全て書き出し、目に見える形にする。そして、夫婦でそれを眺め、どちらが、いつ、どこまで担当するのか、具体的に話し合う。この地道な作業こそが、見えない負担を「見える化」し、共有する第一歩です。
そして何より重要なのが、お互いの「想像力」です。夫は、「妻がもしこのタスクを一人で抱えていたら、どれだけ大変だろう?」と想像力を働かせ、自ら能動的に動く意識を持つこと。妻は、「夫はなぜこれに気づかないんだろう?」と一方的に責めるだけでなく、「どうすれば伝わるだろう?」と建設的に考える努力をすること。
「なぜ気づかない?」と問い詰めるのではなく、「これはどういうタスクで、私はこれで困っている」と具体的に言語化し、伝える。そして、夫はその言葉の裏にある妻の心労を想像し、責任を分担する。この相互の努力こそが、すれ違いを埋め、再び「私たち夫婦」として手を取り合うための唯一の道なんです。
まとめ:未来の夫婦関係のために
共働き家庭の疲弊は、目に見える家事の分担だけでは解決しません。「心理的家事」という見えない重荷を、夫婦で認識し、言語化し、分担する意識がなければ、どれだけ経済的に豊かになっても、心は貧しくなるばかりです。
「気づかない」夫と、「諦めてしまう」妻。この状態が続く限り、家庭は緩やかに、しかし確実に崩壊へと向かいます。今こそ、お互いの心の声を聴き、想像力を働かせ、具体的な行動へと移す時です。夫婦の絆を再構築し、心から安らげる家庭を取り戻すために。この一歩を踏み出すか否かで、あなたの家庭の未来は大きく変わるでしょう。

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