共働き夫婦のリアルなお金問題
「手取りの1割」は本当に適正?
共働きが当たり前の時代。夫婦で家計を支えるのは素晴らしいこと。でも、夫のお小遣いって、本当にこれで正解だと思っていますか?巷では「手取りの1割」なんて目安がよく囁かれるけれど、その数字、本当に夫婦双方にとって納得のいくものなのでしょうか。
なぜ妻は不満を感じるのか?
実は、この「手取りの1割」という一見公平に見えるルールが、多くの共働き家庭で妻側の不満の種になっている。そのモヤモヤの正体、一体どこにあるのでしょう?夫が納得していると思っていても、妻の心の中には複雑な感情が渦巻いている。今回は、この根深いお小遣い問題の核心に迫ります。
共働き夫のお小遣い「1割ルール」が招く妻の不満、その盲点
夫は「妥当」と思っていても、妻は「不公平」と感じる理由
「手取りの1割」。この数字を聞いて、多くの夫は「平均的だし、まあ妥当だろう」と頷くかもしれません。会社勤めの男性にとって、自分の稼ぎの中から自由に使えるお金が確保されていることは、モチベーションにも繋がる大切な要素でしょう。しかし、共働き家庭において、この一見合理的な「1割ルール」が、妻の心に深いモヤモヤを募らせている現実をご存知でしょうか?
夫にとっての「1割」は、純粋な自由資金です。趣味、交友費、自己投資…と、自分の意思で使える範囲が明確。一方で、妻にとっての家計管理は、もっと広範で複雑な領域です。夫の「1割」の裏側で、妻は家族全員の生活費、子どもの教育費、住宅ローン、将来の貯蓄といった、膨大な数の「名もなき出費」や「見えないリスク」を常に頭の中でシミュレーションしています。夫がゴルフ道具を吟味しているその時、妻は子どもの急な発熱時の医療費や、来年の習い事の更新費用を計算している、といった日常のコントラストは珍しくありません。
このギャップが、「不公平感」の温床となります。夫は「自分の小遣いの範囲で楽しんでいる」と思っていても、妻は「その裏で、私はどれだけの制約を受け入れているのだろう」と感じてしまう。家計全体を俯瞰し、日々のやりくりを担う妻の精神的負担は計り知れません。夫の「1割」は、そんな妻の労力を全く考慮に入れていないように見えてしまうのです。
実録!「1割お小遣い」でモヤモヤが爆発したケース(仮名:拓也さんと由香里さんの場合)
私が取材した共働き夫婦、拓也さん(仮名)と由香里さん(仮名)のケースは、まさにこの「1割ルール」が引き起こす妻の不満を象徴していました。拓也さん(30代後半)はIT企業勤務、由香里さん(同)はメーカー勤務。小学校低学年の息子さんが一人います。夫婦共働きで世帯収入は悪くないのですが、由香里さんは常に心の中に燻るモヤモヤを抱えていました。
拓也さんの毎月のお小遣いは、手取りの1割。金額にして約5万円ほどです。彼はこれでゴルフの練習代や道具代、会社の同僚との飲み会代を賄っていました。「俺はちゃんと自分の小遣いの範囲でやりくりしているし、特に無駄遣いもしていない。だから、由香里に文句を言われる筋合いはないと思っている」と拓也さんは言います。実際、高額な買い物をする際も、彼の小遣いから出ていました。
しかし、由香里さんの話は全く違いました。
「拓也は『俺の小遣いだから』って言うけれど、私から見たら、それはすごく不公平なんです。例えば、この前も新しいゴルフウェアを数万円で買ってきたんです。彼の小遣いから出ているのはわかる。でも、私は自分の服一つ買うにも『これは本当に必要か?』『子どもの習い事の月謝の方が先では?』って、いつもブレーキをかけてしまう。美容院に行く時でさえ、家計から出すことに少し抵抗を感じるくらいです」
由香里さんは、家計管理をほぼ一人で担っています。毎月の家賃、食費、光熱費、教育費、そして将来のための貯蓄計画。それらすべてを頭に入れ、どこを節約できるか、どこにお金をかけるべきかを常に考えています。
「拓也の『1割』は、彼の自由の象徴です。でも、私の自由なお金はどこにあるんだろう?という感覚なんです。私は家計全体を見ているから、何か急な出費があれば、私がどこかを削るか、貯蓄を取り崩すか、という選択を迫られる。例えば、息子が急に病気になってベビーシッターを頼んだ時も、その費用は家計から出ますよね?でも、拓也のお小遣いは減らない。私がやりくりして捻出しているのに、彼の『自由』だけは揺るがない。それが、どうしても納得できないんです」
由香里さんの不満は、さらに続きます。
「それに、拓也は会社の飲み会代は小遣いから出すと言っているけれど、二軒目に行った時の代金や、終電を逃してタクシーに乗った費用が、時々こっそり家計の口座から引き落とされているのも知っています。彼からすれば『緊急時』なのかもしれないけれど、それも結局は私が管理している家計に影響している。そう考えると、彼の言う『1割』は、本当に純粋な『自由』だけなのか?と疑ってしまうんです」
「夫は『頑張って働いているから、これくらいは当然』と思っているかもしれない。でも、私も同じくらい外で働いていて、その上、家事育児の負担も決して少ないわけじゃない。彼の『1割』は、家事育児の分担が完璧ではないことへのボーナスなのでは?とすら考えてしまう時があります」
由香里さんの語り口は、静かでありながらも、心底からの不満が滲み出ていました。「もし私が拓也と同じくらい自分のためにお金を使ったら、家計はどうなる?それとも、私も自由に使えるお金を設定すべきなのか?」という疑問は、彼女の中でずっと燻り続けていると言います。
この拓也さんと由香里さんのエピソードが示すのは、「手取りの1割」という数字の裏に隠された、共働き家庭特有の複雑な感情の機微です。表面的な公平さだけでは解決できない、根深い不満がそこには横たわっているのです。
共働き家庭のお小遣い問題、解決への唯一の道
数字の裏に隠された「感情」と「実態」を見つめ直す対話
拓也さんと由香里さんのケースが浮き彫りにしたのは、共働き夫婦のお小遣い問題が、単なる金額の多寡ではない、もっと根深い「感情」と「実態」の乖離にあるということ。夫にとっては「手取りの1割」が自分の努力に見合う自由資金である一方、妻にとっては、その「1割」の裏で、家族全員の生活を守るための膨大な「見えない努力」と「制約」が常に伴っている。このギャップが、妻の心にモヤモヤとした不公平感を募らせる最大の原因なのです。
「なぜ妻は不満なのか?」この問いに真摯に向き合わない限り、どんな数字を提示しても、根本的な解決には至りません。夫側は、妻が家計全体をどのように捉え、どんな責任とプレッシャーを感じているのかを、想像力を持って理解しようと努めるべきです。そして妻側も、漠然とした不満をぶつけるのではなく、具体的な家計の内訳や、自分が負担している「名もなき家事・育児」の時間や費用を、数字や具体的なエピソードを交えながら冷静に伝える努力が求められます。
「1割」の呪縛を解き放ち、納得の「共有予算」へ
共働きが当たり前の現代において、「手取りの1割」という昔ながらのお小遣いルールは、もはや機能しない「呪縛」でしかありません。大切なのは、世間の常識や過去の慣習に囚われることではなく、自分たちの家庭にとっての「最適解」を見つけること。そして、その最適解は、夫婦間の徹底的な「対話」を通してしか生まれません。
「なぜあなたは不満なの?」「なぜ私はこうしたいの?」――この問いを、感情的にならず、お互いの状況を理解するための「対話」として積み重ねることが何よりも重要です。
解決策はシンプルです。まず、夫婦で家計全体を「自分ごと」として捉え直し、お互いの「見えない努力」を認め合うこと。その上で、具体的な数字をオープンにし、家計の「見える化」を徹底しましょう。夫が「自由に使えるお金」を欲するように、妻もまた「自由に使えるお金」を明確に設定すべきです。そして、夫婦それぞれの「個人の自由予算」と「家族の共有予算」のバランスを、定期的に話し合い、必要であれば見直す習慣を持つことです。
共働き家庭のお小遣い問題は、数字の調整だけでは決して解決しません。その根底にあるのは、夫婦間のコミュニケーション不足と、お互いの役割や貢献に対する認識のズレです。この問題に真剣に向き合い、数字の裏にある「感情」と「実態」を共有し、お互いが心から納得できる「共有予算」を築くこと。それこそが、共働き家庭が健全で幸せな関係を築き、持続可能な未来をデザインするための、最も重要な一歩となるでしょう。

コメント